転写プリントの歴史

The History of Transfer Printing

転写プリントは昭和44年にサブリスタテックとして初めて日本に紹介され、昭和46年ごろから大日本、共同、凸版の印刷3社がそれぞれに特許を取得し、生産を開始しました。
昭和50年のピーク時には、東西で12台のグラビア印刷機を使い、月に400万mを生産するほどでした。
その後、ポリエステル不振の低迷期を迎えて、一時期は6社以上にのぼった印刷会社も、大日本と凸版の2社が生産を続けるのみとなり、ついに平成11年には両者とも同事業から撤退しました。
そして現在、ポリエステルの復活とともに起こった一代プリントブームを経て、エコロジーな次世代のプリント技術として大きな期待が寄せられています。
当社の転写プリントは、婦人服はもちろんのこと、水着、ランジェリー、ストッキングや靴、バッグ、インテリア、またスポーツユニフォームなど、多くの媒体で活躍しています。さまざまな柄表現に適した転写プリントは、ファッションが多様化する現代において、ますます大きな可能性を持つ存在となっています。